ルールで回っている仕事から順番に、AIに食われていく
最近、こんな趣旨のことを言っている弁護士を見かけました。
本当に何も理解できていないんだなと不憫に思う。
Gemini 3やNano Banana Proの登場で「弁護士や税理士などの士業が危ない」との意見を見かけるが、実際は真逆だ。
どんなにAIが進化しても、「法的な参入障壁」と「業務独占」という聖域は崩せない。AIはあくまで「超優秀な下書き係」に留まる。最終的な権限と責任を持つのは生身の人間である有資格者だけだからだ。
言い換えると、国家資格は「AIの飼い主」になるためのライセンスということだ。
引用元のポスト:アトム法律グループ 岡野タケシ弁護士
これを見たとき、正直なところ僕は、
「AIと自分の仕事の構造を全く理解していないな」
と感じました。
僕が前々から思っていることは、とてもシンプルです。
ルールが明確に決まっていて、そのルール内で最適解を出すだけの仕事ほど、AIのほうが強い。
そして、弁護士・税理士・プログラマーは、まさにその典型だと考えています。
「ルール職」と「ルールがない職」の違い
まず前提として、僕は仕事をざっくりと二種類に分けて考えています。
1. ルールが明確に決まっている仕事(=ルール職)
- 条文・法律・仕様・規程などが存在する
- そのルールに従って判断・計算・文章生成を行う
- 「正しさ」は、ほぼ「ルールにどれだけ合っているか」で決まる
2. ルールがほとんど決まっていない仕事
- 正解が一つに定まらない
- 文脈や好み、感情、センスが大きく影響する
- 評価軸もバラバラで、人によって答えが変わる
弁護士・税理士・プログラマーの仕事は、かなりの割合が 1 の「ルール職」です。
もちろん案件によってグレーな部分もありますし、100%機械化できるとは言いません。
それでも構造としては、
- 入力:事実関係・取引内容・仕様
- ルール:法律・会計基準・通達・プログラミング言語仕様
- 出力:契約書・申告書・プログラムコード
という、きれいな「関数」の形をしている部分が非常に多いです。
そしてこの 「入力+ルール → 出力」 という構造こそ、AIが最も得意とする領域です。
なぜAIは「ルールが決まった仕事」に強いのか
AI(特にLLM+周辺ツール)がルール職に強い理由を、少し仕組み寄りで整理してみます。
① 前提となるルールと事例を、ほぼ無限にストックできるから
人間の脳にはワーキングメモリの限界があります。
- 何冊も法律書を読んでいても全部は覚えきれない
- 過去の判例や税務の裁決例も、どうしても把握に抜け漏れが出る
一方でAIは、
- 法律・判例・会計基準・通達
- 過去の契約書・コード・ナレッジ
といった情報を、「前提知識」として大量に抱えた状態で処理できます。
② ルールに沿った“機械的なチェック”を、飽きずに何度でも繰り返せるから
人間が契約書やコードを読むときは、どうしても「読み飛ばし」「うっかりミス」が発生します。
AIは、
- 条項同士の整合性
- 参照している条文や関数の関係
- 場合分けの漏れ
のようなものを、ルールに沿って淡々とチェックし続けることができます。
③ 「パターン認識+ルール適用」の組み合わせが得意だから
ルール職の多くは、突き詰めると次の二段構えです。
- これはどのパターンに近いか?(パターン認識)
- そのパターンには、どのルールを適用すべきか?(ルール適用)
LLMはまさにこの「パターン認識」が得意で、その後ろに税法・会社法・フレームワークの仕様などのルールをくっつけると、非常に相性が良くなります。
④ 人間が面倒でやらない「全通りチェック」を平気でやるから
税務でも法律でもプログラムでも、「全パターンきっちり潰そう」とすると膨大な時間がかかります。
人間はどこかで妥協しますが、AIはそこを機械的にやり切ることができます。
- この条件とこの条件が両立したときの扱い
- この if 文とこの例外処理の組み合わせ
- この条項と別の条項が矛盾していないか
こういう「組み合わせ爆発」する部分は、AIのほうが圧倒的に得意です。
⑤ ルールが変わったときの“アップデート”がしやすいから
法改正や会計基準の変更が入ると、人間は勉強し直して、それを実務に落とし込まないといけません。
AIの場合は、
- 「新しいルール」を追加で学習させる
- プロンプトやツール側のロジックを更新する
といった対応で、一気に世界観をアップデートできます。
カットオフの後に法律が変わったり新しい技術が生まれたりしても、
それは「与えればいいだけ」の話 ですし、あと1〜2年もすれば、ほぼリアルタイムに近いアップデートも技術的に可能になっているはずです。
特に法律なんかは、カットオフから変更された法律があればメモしておくMCPでもサクっと作っておけば、一瞬で解決できます。
こうやって分解していくと、
「ルールが明確にあって、そのルールを正確に適用し続けること」が重要な仕事ほど、AIの土俵にどんどん近づいている
ということが分かります。
弁護士の仕事は、なぜAI向きなのか
さて、今回発端となった弁護士に限定して、もう少し詳しく書いてみます。
僕は2014年から会社を経営していて、
顧問弁護士をつけていた時期もありますし、
スポットで契約書を作ってもらったり、添削してもらったことも何度もあります。
いろんな弁護士と付き合ってきて感じたのは、
仕事のかなりの部分が「テンプレ+ルールチェック」で回っている
ということでした。
- 契約書は業界ごと・用途ごとにパターンがほぼ決まっている
- ゼロから完全オリジナルな契約を生み出すことは滅多にない
- 実務上は「どこかの雛形」からのコピペ+微調整が多い
実際にやっていることを分解すると、
- 似たような案件のテンプレートを探す
- 条件に合わせて条文を足したり削ったりする
- 全体として矛盾がないか、リスクがないかをチェックする
かなりの部分が、「パターン認識+ルール適用」の世界です。
僕自身、クライアントとの契約書や業務委託契約、NDA、利用規約などをAIに作らせたり、既存の契約書をAIにチェックさせたりしていますが、体感としては、
- 条文の整合性
- 想定ケースの網羅性
- 代替案の提示の速さ
このあたりは、弁護士に頼むよりAIのほうが優秀だと感じることが多いです。
もちろん、
- どこまでリスクを取るか
- 最終的に合意するかどうか
は経営の判断なので、そこは人間の仕事です。
ただ、
条件整理 → 条文案の生成 → ロジックチェック
という「ルール内の処理」の部分については、
構造的に見ても、実務体感としても、AIのほうが強いと感じています。
中国クライアントとのトラブルをAIだけで捌いた話
先日、中国のクライアントから正式発注をもらった案件が、一方的に途中キャンセルされました。
当然ブチギレつつも(笑)、
まずは GPT-5 と Claude 4.5 Sonnet に対して、
- すぐに取れるアクション
- 長期的に売上を回収する術
を相談しました。
ChatGPT も Claude もどちらも Gmail(Google Workspace)と連携できるので、その案件に関するメールのスレッドを丸ごと渡し、
「こういう経緯で今この状態。
法的観点からどちらにどれくらい過失があるか、
売上を回収するか、キャンセルをキャンセルさせるためのロジックや文面を考えて」
と伝えただけです。
すると、AIは
- メールの経緯と事実関係
- 契約内容上の論点
- 相手方の主張の矛盾
などをすべて理解したうえで、
具体的なロジックと文面案をいくつも出してくれました。
結果として、弁護士を介さずに相手方を論破し、
発注済みのものはしっかりと発注継続という形で折り合いをつけることができました。
海外クライアントだったので、日本の弁護士に頼むにしても、
- 中国企業相手の経験がある弁護士を探す
- 相性と能力の当たり外れを引くリスクを負う
- それなりの費用を払う
というコストがかかったはずです。
しかも、弁護士はレスポンスが遅いことも多く、
1つの回答に数営業日かかることもざらです。
中小企業にとっては、そうしている間にも資金繰りにダイレクトに影響が出るケースも普通にあります。
しかしAIなら、
- 即レス
- 文面作成もロジック構築も数時間で完了
- その日のうちに相手方へアクション
という動き方ができます。
能力・レスポンス、その両面で見ても、
現時点ですらAIのほうが優れている という僕の体感値を、さらに押し上げてくれた事例でした。
税理士の仕事と、「AIに救われた」僕の実体験
さらに税務処理に関しても、2025年に実際にあった出来事があります。
先ほど書いたように、税務や会計もかなり分かりやすい「ルール職」です。
- この取引はどの勘定科目か
- この支出は損金算入できるか
- どの条件を満たすと、どの控除が使えるか
- 決算書や申告書の各欄にどの数字をどう転記するか
突き詰めると、
「ルールセットに従った分類と計算」
の世界です。
顧問税理士をつけていた時期、僕はAIに自分の株式ポートフォリオの相談をしていました。
- ローカル環境で Claude Code を動かしていて
- そこに財務情報用のディレクトリを用意し
- freee から出力した PL や BS、月次推移表などを全部突っ込んである状態
この環境でAIに、
- 年間配当の総額
- 法人・個人それぞれの投資ポートフォリオ
- 今後の配当戦略
などを相談していたのですが、そのときに 数字の違和感 に気づきました。
AIが出してきた配当の数字と、freeeに登録されている配当の数字が微妙に合わなかったのです。
不思議に思ってAIと一緒に深掘りしていくと、
- 中国株の配当で 現地の源泉税が徴収されている のに
- 顧問税理士がその部分を正しく把握しておらず
- 日本側での処理でその差分が考慮されていなかった(=実務上ミスがあった)
ということが判明しました。
合計でいうと、約15万円分くらい現地の源泉徴収税が引かれていたのですが、
それを日本側の申告で外国税額控除していなかったのです。
普通に考えたら、
「お金払って契約している顧問税理士が、こういう“あるある”レベルの論点を知らない・気づかないって、契約して毎月チェックしてもらってる意味なに!?」
となりますよね。
細かい税務技術の話はここでは置きますが、要するに、
資格を持っている人でも、人間である以上、知識が追いついていなかったり、単純に気づかないことが普通に起きる
ということです。
一方でAIは、
- こちらが渡した PL・BS・月次表を前提に
- 「この配当とこの仕訳、数字のつじつまが合わない」と素直に指摘してきました。
おかげで僕は、
「あれ? 税務処理ちょっとおかしくない?」
と気づけました。
さらにそこからAIに任せて検算していくと、
- ほとんどの銘柄で
- ほぼ固定の割合で受取配当が足りない
ということが分かり、それが 現地で引かれている源泉徴収税 だと教えてくれました。
その後、Claude に言われたとおりにマネックス証券の管理画面から配当詳細を見に行くと、
たしかにPDFに細かい数字が書かれていて、その中に該当の源泉徴収税の記載がありました。
この経験から僕が強く感じたのは、
資格の有無よりも、「ルール化されたデータを徹底的に舐め回す仕組み」のほうが、ミスを防ぐ確率を上げてくれる
ということです。
特に税務のように、
- ルールが膨大で
- 例外規定も多く
- 人間の記憶力や注意力が追いつきづらい領域
では、AIをちゃんと使い込んだほうが、トータルで「正確性」が上がる可能性が高いと感じています。
これは、僕が契約していた税理士さんの能力が特別低いという話ではなく、
「資格を持っていても人間には限界があるし、外国株の配当における源泉徴収税くらいの“あるある”でも、不注意や情報の抜けで普通に見落とす」
という、ごく当たり前の話です。
その一方でAIは、
- 一瞬で全体を検算できる
- 「これなんかおかしくない?」の一言で、全データを見直して正確に指摘できる
という能力を持っています。
プログラマーは、「仕様が決まった瞬間にAI向き」になる
プログラマーについての僕の感覚は、かなりはっきりしています。
仕様がちゃんと決まった瞬間、その仕事は一気にAI向きになる。
- 入力と出力が決まっている
- 使う言語やフレームワークが決まっている
- 似たような実装が世の中に山ほどある
この条件がそろうと、プログラムを書く行為は
「ルール通りにテキストを並べる作業」に近づいていきます。
僕は以前、エンジニアを6人ほど雇ってアプリを作っていた時期があります。
今は 僕一人+LLM で開発していますが、
- 実装スピード
- 機能の試作
- バグ修正の回転の速さ
を総合すると、昔の4人チームぐらいと同じかそれ以上 の手応えがあります。
理由はシンプルで、
- 仕様をそのまま文章で投げられる
- 類似実装のサンプルをAIが勝手に探して組み合わせてくれる
- 変更の影響範囲も、説明させながら確認できる
からです。
もちろん、
- 何を作るのか
- どんな体験にするのか
- どんなビジネスモデルにするのか
といったゼロイチの部分は、依然として人間側の役割が大きいです。
ただ一度仕様が固まってしまえば、その内側はほとんどが、
「ルールに従って最適なコードを吐き出す作業」
になるので、構造的にAIが強い領域だと感じています。
僕が見ている「人間の役割」と「AIの役割」
ここまで書いてきたとおり、
ルールが明確に存在していて、そのルールを正確に適用し続けることが重要な仕事は、どう考えてもAI向き
です。
では、人間の仕事は何なのか。
僕は、ざっくりとこう整理しています。
人間の役割
- 何を目指すか決める(ゴール設定)
- どこまでリスクを取るか決める(意思決定)
- 一見関係なさそうな領域同士をつなぎ合わせて、新しいアイデアを出す
- 「そもそもこのルールでいいのか?」と、ルールそのものを疑う
AIの役割
- 既に存在するルールや情報を高速で適用する
- パターンを抽出して、最適解に近い案を出す
- ロジックの整合性をチェックする
- 大量の作業を、ブレずに・疲れずに繰り返す
一人企業としてAIと共存してきて、
僕がはっきり見えるようになってきたのは、
「ルールの内側で動く仕事」は徹底的にAIに任せて、
「ルールをまたぐ・ルールを作る・ゴールを決める」部分に人間が集中するのが、一番強い
という構図です。
結局、何を伝えたいか
この記事で僕が一番伝えたいのは、これです。
ルールが明確に決まっている仕事ほど、構造的にAIのほうが有利である。
そして、弁護士・税理士・プログラマーはその代表例である。
自分がその業界の中にいると、どうしてもバイアスがかかります。
- 「僕の仕事はそんな単純じゃない」
- 「AIなんかに取って代わられるわけがない」
そう言いたくなる気持ちはよく分かります。
ただ、一歩引いて構造だけを見てみると、
- 入力(事実・取引・仕様)
- ルール(法律・会計基準・言語仕様)
- 出力(契約書・申告書・コード)
という「きれいな関数」の形をしている仕事は、
ほぼすべて AIの得意分野 に足を踏み入れています。
僕は実際に、
- 弁護士
- 顧問税理士
- 実装担当のエンジニア
- 経営コンサル的な壁打ち相手
のかなりの部分をAIに置き換えながら、一人で複数のサービスを開発・運用しています。
その立場から見ると、
「ルール内最適化の仕事」にしがみつくより、
ルールをまたぐ・ルールを設計する側に回ったほうが、長期的に生きやすい
と強く感じています。
自分の仕事が、
- どれだけルールに依存しているのか
- どの部分が本当に「人間ならでは」の価値なのか
一度フラットに分解してみると、
AI時代の立ち位置がだいぶクリアになるはずです。